国際哲学コレージュ存続のための公開書簡

国際哲学コレージュ存続決定!

10月27日、公開書簡を出していたオランド大統領からの返信(10/23付)が届き、国際哲学コレージュの存続が確定されました。請願書「万人の哲学への権利のために」に署名してくれたみなさん、ご支援をありがとうございました。

実はすでに10月22日、研究省から存続を確認するプレスリリースが発表されていた。
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プレスリリース
高等教育・研究大臣補佐 2014年10月22日

国民教育・高等教育・研究省は、国際哲学コレージュの職員と協力者に対して、この組織の存続を確保したいと思います。
本省は、昨年同様に国際哲学コレージュに振り込まれることになる予算の付与を確証いたします。
以上の措置によって、国際哲学コレージュは、哲学をめぐる開かれた学際的な対話を促進するべく、世に認められたその活動を継続させることができるでしょう。

大臣補佐室広報部
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 研究省からのプレスリリースがあったものの、具体的な手続きは示されていない。署名運動の火消し効果を狙った約束かもしれない。実際、ここ数年間、コレージュの予算はじわじわ削減されているので、具体的な予算額が確定するまで安心できない。存続の確証が現実味を帯びるまで、私たちは署名活動を続けることにし、10/23日に声明を出した。署名数は1週間で10,000筆を超えていた。署名数それ自体だけでなく、コメント欄での切実なメッセージは実に力の籠ったものだった。

署名活動を続けるなかで、パリ市役所からも支援が私たちに伝えられていた。「パリ市コレージュの深刻な状況を気にかけており、支援する用意がある。危機的な局面になれば介入するつもりだ。国際哲学コレージュは存続しなければならない。」閉鎖前の11/3日にはコレージュ主催でパリで支援集会が予定されていて、スピヴァックも登壇予定だったらしい。

10月27日、公開書簡を出していたオランド大統領からの返信(10/23付)が届いた。研究省のプレスリリースを確認し約束する内容だった。「すでにご存知の通り、国際哲学コレージュの予算付与は維持され、哲学と人文科学の発展のために活動する、万人に開かれたこの独創的な組織の存続は確保されます。」この書簡によってコレージュ側も存続を最終的に確認した。



 今回の危機を再創造のカイロス(好機)とするために、緊急雑誌特集「Apologie(弁明)」を組もう、と声が上がる。50名のディレクターのそれぞれが、哲学の将来のために国際哲学コレージュの擁護を綴った特集号。もちろん、これは『ソクラテスの弁明(Apologie de Socrate )』を想起させる。哲学者が社会の異分子として告発され、理性的な弁明にもかかわらず、ソクラテスに死刑を宣告される、あの西欧哲学の発端の教訓を。そうだ、さっそくやろうと賛同のメールが寄せられる。また、今後の中長期的な活動への展望や問題点を指摘する長文メールが流れ始める。やはり3年毎の院長交代、過去のディレクターとの関係の薄さはコレージュの脆弱性の原因ではないか、など。しかし、無報酬でなぜみんなこれほどまでに盛り上がれるのか? コレージュは本当に哲学の制度的な特異点だと思う。未来に向けて再び動き出した国際哲学コレージュ。涙しながら請願書を日本語に翻訳したのが遠い昔のことのようだ。

ところで、人文学の危機は世界中で巻き起こっている。2010年のミドルセックス大学哲学科閉鎖の際も想像しただ、日本で同じことが起こればどうなるだろうか。実際に、国立大学からの人文学縮小案が出され、再編や統合は進んでいる。日本の哲学を救うために国際的な署名活動ができるだろうか(日本の哲学? 日本における西欧哲学研究?)。一般市民やメディアは関心をしめすだろうか。文科省や首相は公開書簡に答えてくれるだろうか。人文学研究者はいかなる抵抗の論理と手段を、つまり、「Apologie(弁明)」を 持ち合わせているだろうか。

今回の騒動をめぐるすべての資料はコレージュのHPにて公開され、院長からの存続声明もまもなく発表される予定である。
 この一連の出来事を、困難な時代における、哲学の貴重な勝利の事例として強く記憶したい。

請願書「万人の哲学への権利のために──国際哲学コレージュを救おう」

1983年にジャック・デリダらが創設した国際哲学コレージュが閉鎖の深刻な危機に追いやられています。慎ましやかな予算240,000ユーロ〔約3,360万円〕が、今年度支払われていません。このままだと機能停止のまま、11月5日に破産宣告を余儀なくされます。私は2010年からディレクターを務めていますが、国際哲学コレージュのおかげで、多様な国際的連携のもとで、きわめて自由な哲学的活動を実施することができました。私はまだ、この脱構築的な組織の可能性をまだ信じています。哲学への風当たりがますます増している現在、このたぐい稀な脱構築の制度的実験場が消滅すれば、私たちは、思考のための大きな灯火を失うことになるでしょう。この信を共有するすべての人々に署名を呼びかけます、万人の哲学への権利のために。(西山雄二)

署名のページ:http://www.change.org/p/madame-najat-vallaud-belkacem-sauvons-l-espace-civique-du-coll%C3%A8ge-international-de-philosophie-pour-le-droit-%C3%A0-la-philosophie-pour-tous?recruiter=167131609&utm_campaign=signature_receipt&utm_medium=email&utm_source=share_petition

請願書「万人の哲学への権利のために──国際哲学コレージュという市民空間を救おう」(日本語訳)

 国際哲学コレージュは、人々からの幅広い関心を集めている、非営利のアソシエーションである。1983年、国際哲学コレージュは、フランス国家の政治的意志と、知識人や哲学者ら(とりわけ、フランソワ・シャトレ、ジャック・デリダ、ジャン=ピエール・ファイユ、ドミニク・ルクール)による思考の無条件的な要求が結び合わさって誕生した。既存の研究教育制度の傍らで、国際哲学コレージュはつねにその約束を守ってきた。コレージュはいかなる公定の哲学も擁護しない。コレージュは慎ましやかな財源によってその活動を展開している。コレージュの産物の数と質だけでなく、哲学や人文科学といった知的生活に対するそのインパクトのことを考えると、その財源は慎ましやかなものである。思考の要請という条件にしたがって、国際哲学コレージュは哲学者、知識人、作家、科学者、芸術家の交流を、市民社会との関わりを踏まえて推奨している。国家、言語、専門分野の境界線を乗り越えて、批判的思考がまったく自由に実施され刷新される公共空間の構築にコレージュは寄与している。
 昨年度、国際哲学コレージュは720時間分の公開セミナーを無料で提供した。数々のシンポジウム、ワークショップ、著者を交えての書評会も企画された。年四回刊行される雑誌「デカルト通り」(すべてネット上でオープン・アクセス)は閲覧者数が急上昇している。
 国際哲学コレージュは今後、リュミエール─パリ大学と連携することになる【1】。リュミエール─パリ大学はパリ第八大学、パリ西ナンテール大学、フランス国立科学研究センター(CNRS)とその他の機関によって構成される。リュミエール─パリ大学を介して省庁から約束されている今年度予算240,000ユーロ〔約3,360万円〕は結局支払われておらず、いかなる釈明もなされていない。この予算未払いが国際哲学コレージュを破産申し立ての縁に追いやっているのだ【2】。国際哲学コレージュでは、運営スタッフ四名分の給与のためにこの予算が不可欠である(この予算がなければ彼らは失業に陥る)。最低限の機能を保持し、50名のプログラム・ディレクターがフランス国内外で無償で実施している活動を支援するためにこの予算が必要なのである【3】。
 2014年11月、国家権力の決断が下されなければ、国際哲学コレージュは、強固な国際ネットワークにもとづいて、過去30年間展開してきた活動と創造に幕を下ろすことになる。思考の実験、革新的な研究、独創的な教育の場が消滅することになる。フランス研究省によるギロチンの刃は降りた。240,000ユーロ〔約3,360万円〕の今年度予算が削除されようとしているのだ。
 私たちは、国際哲学コレージュの運営のために、年間の研究資金240,000ユーロが維持されることを要求する。また、民主的な社会における万人の哲学への権利のために、国際哲学コレージュの運営条件が永続化されることを要求する。だが、今日のフランスにおいて、自由で野心的な研究の擁護を約束する明白な政治的意志は存在するのだろうか。私たちの願いは、国際哲学コレージュがさらに多年にわたり、世界中からやって来る次世代の思想家を受け入れ、万人に開かれた批判的で自由な思考を生み出すべく機能することである。
 国民教育・高等教育・研究大臣ナジャット・ヴァロー=ベルカセム氏に対して、国際哲学コレージュの運営予算凍結を解除することを訴えるべく本請願書に署名をお願いします。また、みなさんの周囲にも署名を呼びかけてください。

2014年10月17日、パリ 国際哲学コレージュ評議会 collectif@ciph.org

〈訳註〉
【1】フランスでは研究教育の国際競争力の強化のために、2006年から「研究教育拠点(Pôle de recherche et d'enseignement supérieur : PRES)が設立されてきた。この計画を引き継ぐ形で、2013年の法令によって「大学共同体(Communauté d'universités et établissements : ComUE)」が設けられ、大学と研究機関の連合が促されてきた。リュミエール─パリ大学(Université Paris-Lumières)は主にパリ第八大学とパリ西ナンテール大学からなる大学共同体のひとつ。
【2】パリの大学は平均2,4億ユーロ(約336億円)の年間資金を得ている。日本の国立大学と比較すると、2012年の東京大学の運営費交付金は840億円、京都大学は560億円などで、配分額第8位の名古屋大学が330億円程度。
【3】年間予算240,000ユーロ(約3,360万円)のうち、四名の運営スタッフへの給与を支払って、残額はせいぜい1,500万円ほどではないだろうか。50名のプログラム・ディレクターに配分される活動費は500ユーロ(7万円)。開催される多数のシンポジウムやセミナーの数を考えると、国際哲学コレージュは哲学に対する無償奉仕の情熱によって支えられている希有な国際的組織だと言える。