巡回上映の記録 2013年9月 ブルガリア
2013/9/25-27 ブルガリア・ソフィア大学、プロヴディフ大学
(参加者=Darin Tenev, Dennitza Gabrakva, Alexander Kiossev, Todor Hristov, Todor Petkov, Vassil Vidinsky, Deyan Deyanov, Svetlana Sabeva)
2013年9月末、パリ空港経由でブルガリアへと向かう。パリまで12時間、待ち時間8時間、ソフィアまで2時間半の長旅。ソフィア空港は日本の地方空港のような規模で、市内までタクシーで15分800円(成田空港の異常さを毎度実感)。東欧の初秋の寒さを覚悟してきたが、滞在する週は天候が一転して、暖かい日が続くという。
街の中心にあるブルガリア正教の聖ネデリャ教会。
4世紀ローマ時代の聖ゲオルギ教会と浴場跡。
ソフィア市内、旧共産党本部の地下道では、いたるところで、古代城塞都市セルディカの遺跡が残っている。地下鉄工事やビル新設のたびにゴロゴロ発掘され、2世紀以来のローマ時代の遺跡が出てくるらしい。発掘された遺跡は地下道の壁に無造作に放置、誰も気にしない。
温泉水の無料配布所では市民らがタンクを持参して、自宅に持ち帰り健康飲料に。テルマエ・ロマエの応用編。
かつて共産党本部前にはスターリンの銅像があったが、現在は女神ソフィアに置換。左手に知者・フクロウ、右手に冠を携える知(ソフィア)の女神、知は栄光なり、と。
広場に設置されたソヴィエト軍のモニュメント。最近、パロディ化されてピンク色に塗られたり、アメリカン・コミックのヒーローに変装させられたりした。ただしたんなる侮蔑的表現ではなく、一定の配慮を込めたパロディだという(京都大学の折田先生像のオブジェ化にも似た表現方法?)。
25日、ソフィア大学(上写真)のAlma Alter Hallにて、映画「哲学への権利」上映・討論会が開催された。映画に出演しているボヤン・マンチェフは残念ながらドイツ出張のためいなかったが、新学期前にもかかわらず70名ほどが参加した(主催=Institute for Social Critical Studies, Cultural Center of the University of Sofia)。
主催者Darin Tenev氏の準備のおかげで、人文学の研究教育に造詣の深い研究者Alexander Kiossev, Dennitza Gabrakva, Todor Hristov, Todor Petkov, Vassil Vidinskyが登壇し、落ち着いた雰囲気で充実した議論が進められた。「フランス政府から補助金を得ているがきわめて不十分な額だ、と不平を漏らす言葉が映画に出てくる。大学の研究費さえ貧弱なここブルガリアでは皮肉にさえ聞こえる。」「答えるのが困難な質問だとは思うけれど、映画上映の最終的な目的は何なのか?」「映画にはインタヴューイーの『思考する手』が描き出されている。仕事する手、労働する手など、手のイメージにもいろいろある。往々にして、人間と動物を区別する指標として手の作用が用いられてきた。映画に映し出された『思考する手』はいかなる表象だろうか?」同じヨーロッパ文化圏に位置するとはいえ、フランスとの適度な距離にあるブルガリアで、研究者らは一定の距離感を保っているように映った。過度に賛美する訳でもなく、過度に批判する訳でもない一定の距離を。
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翌9月26日はソフィア大学にて、講演「カタストロフィを前にした人文学の誠実さ」をおこなった。
教員と院生が15名ほど参加してくれて、興味深く耳を傾けてくれた。東日本大震災を受けて、人文学はカタストロフィをいかに解釈し、思考し、表現しうるのか、1時間ほど発表し質疑応答をおこなった。冒頭で私の方から、ブルガリアの聴衆にも二つ質問を投げかけた。「ブルガリアの社会や歴史にとって、カタストロフィの象徴的イメージや出来事は何か?」「ブルガリアでは今年1月に原発新設に関する国民投票がおこなわれた。投票率はわずか20%で、賛成61%、反対39%。こうした原発政策の現状についてどう思うか?」文学理論学科長Miglena Nikolchina氏の返答は、「ブルガリアにおいて、国家的規模のカタストロフィや原子力政策は高度にイデオロギー的で政治的な主題なので、適切な議論の場が開かれてこなかった」というものだった。
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9月27日、イスタンブールへと通じる道を通って、バスで2時間移動して、プラヴディフに到着。
プラヴディフはブルガリア第二の都市で、紀元前19世紀にはトラキア人が住んでいたという古都。マケドニア王フィリップが愛した都市で、ローマ時代にはその地形からトリモンティウム(三つの丘)と呼ばれた。
円形劇場はいまでもコンサートなどに使用される現役。
マケドニアのフィリップ2世が築いたヒサル・カピヤ(要塞門)
紀元前4世紀にトラキア人が築いた要塞の跡(ネベ・テベの遺跡)。旧市街地や他の丘をよく見渡せる場所。
プラヴディフ大学社会学・人間科学学科の主催で映画上映・討論会をおこない、Deyan Deyanov, Dennitza Gabrakva, Darin Tenev, Svetlana Sabevaが登壇した(約20名の参加)。
日本の大学でもブルガリアの大学でも、定額の年間運営予算よりも、競争的資金の比重が強まっている。そうした傾向は教員を自由にするのか不自由にするのか、研究者の結束を強めるのか分断するのか、意見が交わされた。また、教育における労働と時間、報酬の関係をどう考えればいいのか。香港の大学で勤務するガブラコヴァ氏は、サーヴィス業に従事するビジネスマンのような感覚に陥ると指摘。単なる時間の流れとは異なる「思考の時間」、つまり、思考がより思考的なものとなる時間を確保することが重要となるだろう。教育制度の時間は資本主義の原則と関係し、「誰に何のために時間を与えるのか」という利害の方向性の整序と切り離せない。プロヴディフでは元気な学部学生らからも質問が続発して、議論が大いに盛り上がった。
(今回のブルガリアでの催事を適切に企画・運営していただいたDarin Tenev氏、香港から参加していただいたDennitza Gabrakva氏に深く感謝いたします。)